旭屋本舗
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腐向けサイトですご理解のある方のみどうぞ。
始めての方はカテゴリー【What】をお読みください。
ガイの出演土曜日じゃなくて日曜じゃん!!!
(|| ゜Д゜)まじで!?
え?私ちゃんと確認したよね!?
もしかしてガイは日曜は出れないとか変な法則が頭にあったのか!?
え…あ…う…
ジェイドも好きだけど…うわぁん!!何かショック!!
いいよグッズでガイルクグッズ買いまくるから!!
どうせ数日後ボーナスだ!!(をいをい
うーん…また映画館で生中継してくれないかな…
それっぽい告知ないよな…あったらそろそろ告知あるよな…(ぐずぐず
はぁ…凹む…
(|| ゜Д゜)まじで!?
え?私ちゃんと確認したよね!?
もしかしてガイは日曜は出れないとか変な法則が頭にあったのか!?
え…あ…う…
ジェイドも好きだけど…うわぁん!!何かショック!!
いいよグッズでガイルクグッズ買いまくるから!!
どうせ数日後ボーナスだ!!(をいをい
うーん…また映画館で生中継してくれないかな…
それっぽい告知ないよな…あったらそろそろ告知あるよな…(ぐずぐず
はぁ…凹む…
私普段運が悪いので絶対当たらないと思ってたけど…無事当たりました(≧∇≦)
ガイの出る一日目だけだけど…(汗
日曜は流石に次の日仕事だしね…ジェイド見たかったよぉ~(ノ△T)
あ、もしかして定員割れとか…はないよな…
とりあえず今からファミマ行ってチケット取って来ます!!
それから当日まで神棚に置いておきます(笑い
最近ガイルクに夢中です。
ガイ様素敵すぎ……前からだけど(¬з¬)
屋敷時代が好き…夢いっぱい、妄想いっぱいだしね!!
けど浮かぶ小説はユリルク…ユーリ根強いな…(苦笑い
ガイの出る一日目だけだけど…(汗
日曜は流石に次の日仕事だしね…ジェイド見たかったよぉ~(ノ△T)
あ、もしかして定員割れとか…はないよな…
とりあえず今からファミマ行ってチケット取って来ます!!
それから当日まで神棚に置いておきます(笑い
最近ガイルクに夢中です。
ガイ様素敵すぎ……前からだけど(¬з¬)
屋敷時代が好き…夢いっぱい、妄想いっぱいだしね!!
けど浮かぶ小説はユリルク…ユーリ根強いな…(苦笑い
「ガイのファーストキスって…相手誰?」
「さぁなぁ…よく覚えてないな…多分ルークお前だろ…よく覚えてないけど…」
「ふーん…」
The traveler of a dream
「はぁ~…眠い…何で俺が…」
灯を灯す譜業を片手に持ちまだ幼い金髪の少年が広い屋敷の廊下を歩いて行った。
目的地は屋敷の真中にある小さな鳥籠…
太陽が顔を出すにはまだまだ時間があり、真っ暗な世界で少年は歩き続けた…
恐怖がないわけではない、お化けなんかに自分の修行中である剣術が
効くとは思えないが仕事なのでいかなければいけない。
少年の名前はガイ・セシル…ファブレ公爵家で使用人をしている少年だ。
少年のメインの仕事は公爵様の子息であるルーク様のお世話。
そんなルーク様は出会った頃はそこらにいる貴族と変わらず
使用人を冷たい目線で睨みつけるような人物だったが、
誘拐をされてから事件のショックで記憶を失い…赤ん坊へと退化した。
言葉、歩き方…人間として生きるための術を全て置いてどこかへ忘れてきた。
本来ならばそんな赤ん坊同然の世話はもっと上のメイドなどがやるべきだと
ガイは日ごろから思っていたが…歳も近く、記憶をなくす前からルークの世話をしていたので
何かがきっかけで思いだすかもしれないという理由でガイが任命された。
……正確に言えば押しつけられたが正解かもしれない。
いろいろと不満はあったが、自分の目的…その為にルークの世話役は好都合だと思っていたが…
ガイは舐めていた…赤ん坊の世話がどれだけ大変かを。
必死にご飯を食べさせようとしても機嫌が悪ければ食べず、
どれだけ言葉を教えても理解不能な鳴き声しか声をあげず、
歩かせようとしても全く歩くことができず、
どれだけ必死に教えてもルークは全くできなかった…思い出さなかった…
その責任はすべて小さなガイに押しつけられた。
誰も助けてれず…責められ…小さなガイの心は限界に近かった。
唯一の理解者であるペール…陰ながらガイの手伝いをしてくれていたが、
彼は庭師…表立ってガイの手伝いができなかった。
今もガイがこのくらい廊下を歩く理由はルークだった…。
最近ルークが夜泣きをするらしい。
ガイとルークの部屋は少し距離が離れていたので気が付かなかったが、
見回りをしている騎士からの報告でそれを知った。
夜泣きをしているのならそれを止めさせるのが世話係の仕事。
それは解っているが、この夜泣きがまた曲者だった。
どれほどあやしても泣きやまず、ただ抱いて部屋を歩き回り泣き疲れるのを
ただ待つしかない…何時もは数時間で泣きやむが
昨日はそれが明け方まで続き今日ガイはほとんどねていなかった。
昨夜と同じ地獄が今日も続くのかと思うとガイの足取りはどんどん重くなる…。
もっとベテランのメイドとかにしてもらえればいいのに…恋も知らない少年にできるはずがない。
ガイはそう思っても誰かが変わってくれることはない。
中庭に続く廊下を歩いていると聞きなれた泣き声が聞こえてきた。
「はぁ…やっぱりか…」
ガイの足は一度止まるが、止まっていてもこの状況は変わらないので
重い足を一生懸命引っ張りルークの部屋まで歩いていった。
鍵を取り出しドアを開けると頭に響く泣き声がガイの頭に響く…
あぁ…この部屋案外防音効果あったのか…といらぬ考えが脳内を駆け巡った。
「ルーク様…何が不満なのですか…?」
呆れた声で泣き叫ぶルークに話しかける。
するとルークは一度だけ泣くのをやめてガイを見つめたが、
再び大声で泣き出し何が不満なのかガイには全く解らなかった。
まぁ、そもそも話すことができないルークに何が不満かを聞くのが無駄だったが…
ガイは大きなため息をつき、片手に持っていた譜業を床に置きルークの傍へと歩み寄って行く。
「ルーク様…ほら、抱っこしてあげますから泣くのは止めて大人しく寝てください。」
「ひっく…ひっく…うぅ…うわあぁん!!!ヴぁイぃ!!うわああああぁぁん!!!」
ガイが両手を差しだしてルークを抱っこしようとするが、一向に泣きやむ気配はない…
大きなため息をつきルークを抱っこするが…何故かますます泣きだし暴れ始めた。
「やあぁ!!やああああぁ!!!うわあああああああん!!!!」
「ちょ…暴れるなって…っう!!!!」
暴れるルーク手がガイの頬を殴り、反射的にガイはルークを落としてしまい
床に落とされた痛さからかますます泣きだした。
そんなルークの姿にガイが普段溜めていたものが一気に爆発した。
「何だよお前…人が折角世話してやってるのに…俺だって寝むくて…辛くて…
お前の父親のせいで俺の生活は…俺の家族は……もうお前なんてしらねぇ!!!勝手にしろ!!!」
そういうとガイは思いっきりドアを閉めて自分の部屋へと走った。
走っている時に思い出したのは姉の優しい笑顔…両親の笑う顔…屋敷で働いていた皆の嬉しい顔…
必死に走り自分の部屋に戻ると押さえていた涙が一気に溢れ出す…
どうして俺ばっかり…どうして…どうして…助けてよ…マリィ姉さん…
声を抑えて泣いていると同室のペールが起き出しガイの傍に優しく歩み寄る。
ペールはいつも優しかった…唯一ガイの味方だ。
「ガイラルディア様…どうなされましたか?今日はお早いお戻りですね…ルーク様は泣きやまれたのですか?」
「知らねぇ…あんなやつ…もうしらねぇ…」
殴られた頬が少しだけ腫れ何があったか想像がついたペールは優しくガイを抱きしめた。
「お辛いでしょう…ガイラルディア様はよく頑張っておられます…ですが…今はルーク様のところへお行きなさい…」
「何で…俺が…」
ペールならもう行かなくていいと言ってくれると思っていた…
だが、ペールから出た言葉は他の人と同じ言葉…ガイは自分の耳を疑った。
「ここで貴方がルーク様を放置なされば、貴方が今まで積み上げてきた信用が崩れてしまいます。
信頼は一度崩れると中々もとには戻りません…貴方の目的は何ですか?
お辛いのはわかりますが…どうか…どうか…お戻りください…」
「ペール…」
ペールに優しく撫でられるとガイは涙を拭き立ちあがった。
自分の目的…それは公爵への復讐…
それを思い出したガイは再び自分を取り戻した。
「すまない…ペール…行ってくるよ…ありがとうな…」
「いえ…この程度しかできない私をお許しください…」
深く頭を下げるとガイは苦笑いをしながら自室を出て再びルークの部屋へと歩いて行く…
こんどは先ほどとは違い灯はない…自分の心と同じ闇の中を
小さな星明りだけを頼りに歩いていく…
しかし、どれほどルークの部屋に近づいてもルークの泣き声が聞こえない。
さっきはこの辺りからでも微かに泣き声が聞こえたはず…
泣き疲れて寝たのか…?いや、今までの経験上それはない…
一番傍で世話をしている自分がそれは一番解っている…そんなことは絶対にない。
ルークの部屋までくると泣き声の変りに中から歌声が聞こえてきた。
今のルークは話すこともできない赤ん坊…だったら中に誰か居るとしか思えない。
奥方様かと思ったが…この歌声は男…成人男性に近い人物の声だ。
ガイは自分の剣を握りしめおそるおそるドアを開けて中を覗く。
そこには月明かりが反射して顔は見えないが…誰かがベッドの上に居るのが確認できた。
床を見ればさきほど自分が置いていった灯を灯す譜業が置いてあったので、
すばやくそれを取り不審人物の顔を確認するため明かりを付けた。
「そこに居るのは誰だ!!ここを誰の部屋だと思って…い…る…」
「うわっ!!びっくりした………もしかして…ガイか?あははは、可愛いな。」
明かりの先に居たのは見知らぬ男……出会ったことなどないはずだが…
どこかで会った感覚がガイの中をうごめいた。
ガイが驚いたのは自分の中で動いた感覚だけではない…その男の姿にも驚いた。
青年の髪は夕陽のような朱色…そして宝石のような碧…王家の人間だと一目でわかったが、
会ったことがない…どうみても青年は17歳程度…
今の王家に17歳くらいの青年など居なかったはずだ。
「お前…誰だ…何で俺の名前…」
「え?あ…うーん…それはナイショ…」
青年は無邪気な笑顔をガイに向けて膝に乗せた小さな塊を優しく撫でた。
よく見ると青年の膝に居るのはガイの主であるルークだ。
「ルーク!?お前…ルークに何をした!!」
「泣いていたから寝てるだけ…子守唄歌ったらすぐに寝たぜ」
「子守唄…?」
ガイが首を傾げていると青年は片手でこっちに来いと呼んだ。
しぶしぶガイは警戒心を出したまま青年の横に座ると
青年はガイの頭を優しく撫でた…さっきペールが撫でてくれたように優しく、愛おしく…。
「ごめんな…俺…我儘ばっかでお前に迷惑ばっかりかけて…」
「俺…お前と会うの初めてなんだけど…」
「………いいから黙って聞いてろつーの…」
頬を膨らませて拗ねる青年の姿を見て本当に自分より年上なのか怪しく思えてきた。
行動が幼い…まるで10歳前後にしか思えない…いや、それ以下か…?
「うぅ…ん?うぁい…?」
「あ…」
青年の膝で寝ていたルークが目を擦りながら起きてしまった。
ガイと目があったルークは先ほどのことを思い出したのか、ぐずぐずと泣き始めた。
また大泣きするのかとため息をついたが、青年が笑いながらルークを抱きしめると
ルークはきょとんとした顔をして青年を見つめた。
「あはははは…ごめんな、起こしたか?お前寂しいんだよな…夜目が覚めて一人ぼっちで…
だから泣いちゃうんだよな…生まれたばっかりだもんな…」
「何言ってるんだ?ルークはもう10歳だぞ…」
「うん…知ってる…独り言だよ…」
青年はルークの頭を撫でるとルークは嬉しそうに笑いだし青年に甘え始めた。
ルークがこんなに人に懐くことはめったにない…
ましてや初対面ならなおさらだ。
ガイにすら最初はなかなか懐かなかった…なのにこの青年は…
ガイの中で何かもやもやしたものが動いた…何だろうこれは…
「お前…何でルークの気持ち解るんだよ…そいつ人見知り激しいのに…」
「ん?そりゃ……俺だもん…自分のことくらい解るさ…なぁ?」
「にゃぁ~」
猫かよとガイは呟くが二人には聞こえてないようで仲良く笑っている…。
ガイ一人蚊帳の外な気持ちになった…
「さて…そろそろ寝ようか…」
「うー…?あぃ、あぃ、あぃ…」
「………何言ってるんだ?」
ルークが必死にガイの方を向いて何かを訴えている…
しかしガイにはルークが何を言っているのか理解ができない…。
「あははは、これはなガイって呼んでるんだぜ…『ガ』って発音が難しくて
『あ』になってるんだ…たまに上手く発音できて『ヴァ』になってるけど…」
「え…?俺を呼んで…?」
青年がルークをベッドに降ろすと必死にガイに手を伸ばしガイの傍へ行こうとするが、
身体が動かずぐずり始めた。
慌ててガイが抱き上げると嬉しそうに「あぃ、あぃ」と必死に呼んでいる。
青年の言う通りときどき「ヴァ」と言っている…
よくこの言葉を言っていたのを思い出した。
言葉を教えた時に面白半分で自分の名前を教えたのはつい先日だ…
その時からルークはずっとガイを呼んでいた。
けど、ガイはそれに気が付かず…手を差し伸べてあげれなかった…
この狭い鳥籠に閉じ込められている哀れな小鳥に…
「ルーク…ごめん…ごめんな…俺…自分のことばっかりで…」
「しょうがねーよ…ガイだってまだ子供なんだし…」
「あぃ、あぃ…ヴァイ…」
「………何言ってるんだ?」
自分を呼んでいることは解ったが…ガイに何をしてほしいのかは全く理解できず
ふと青年に視線を合わせると青年は笑いながら教えてくれた。
「一緒に寝ようだってさ…一人で寝るのは寂しいんだよ…」
「………わかった…これからはお前が寝るまで傍にいてやるよ…」
ルークの額に優しくキスをするとルークは嬉しそうに無邪気に笑い始めた。
そしてルークを抱えながら枕元に移動すると、
ルークは青年に手を伸ばし何かを訴え始めた。
「あうあ…あーぅ…うぅ~…」
「え?俺も一緒に寝るのか?しょうがねぇなぁ…」
どう見ても理解不能な言葉しかルークは言っていないのだが…
何故この青年には理解できるのだろうか…ガイは不思議でしかたがない。
そして、大人二人で余裕に寝れるルークのベッドにルークを真ん中に置いて
三人は横になったが…何が楽しいのかルークはきゃっきゃっと笑い中々寝ようとしない。
「ルーク…いい加減に寝ろ…」
「ははははは…手がかかってすみません…しょうがねーなぁ…」
青年が息を大きく吸い込むと先ほど聞こえた歌を歌い始めた。
お世辞にも上手いとは言えない歌だが…何故か落ち着く歌だった…
何の歌だろうか…ガイは聞いたことがない…いや…昔故郷でヴァンが唄っていた歌に似ている…気がする。
下手くそすぎて比べられないが…
最近寝不足だったせいかガイまでうとうとしていると
真ん中で寝ていたルークが気持ちよさそうに眠っていた。
ガイがどうやっても中々寝なかったルークが秒殺だった。
「何で…中々寝ないのにこいつ…」
「ははは…子守唄ってそんなもんだよ…ガイもやってみろよ…歌は何でもいいからさ…」
「ふーん…その歌なんて言うんだ…?」
「え?うーん…何だろ…仲間に…友達に教えてもらったからさ…」
苦笑いをしながら青年は答えた。
間近でみる青年の顔…やはりどこかで見たことのある顔だ…
いつも近くで…一番傍で見ている気がする…
「ほら…ガイも寝ろよ…疲れてるだろ…?」
「あぁ…うん…おやすみ…」
「おやすみ…ガイ…」
青年はガイの唇に小さくキスを落とすと、
何故かガイが飛び上がり顔を真っ赤にしながら青年を睨みつけた。
「お、お…お前何してっ…!!!!」
「え?おやすみのキスだよ…いつもしてるだろ?まぁいつもはお前からだけど…」
「ばかっ!!俺…俺…まだキスしたこと…」
「あ…ファーストキスだったか?あー…やっぱり俺だったのか…」
青年はあまり反省していないのか笑いながら答える。
ガイは顔を真っ赤にしたまま男同士ですることに信じられず、
布団に顔を埋めたままいつの間にか眠ってしまっていた。
夢に落ちる中で聞こえたのは青年の優しい声…
「俺…いつもお前に迷惑かけて…ほんと親友失格だよな…
けど、いつも傍に居てくれてありがとうな…愛してるよ…ガイ…」
愛してる…?お前が俺を…?
どうして…?初めて会うのに…どうして…どうして…?
ふと自分の頬を何かが叩く感触でガイは目を覚ました。
頬を叩く相手はもちろんルークだった…。
窓を見ればもう起きなければいけない時間…
何故自分がルークの部屋で寝ているのか思い出せなかったが…
ルークの夜泣きをあやしている最中に寝てしまったのだろう。
けど…誰かと一緒に居ていた気がする…
誰と?
この部屋に入れるのは特別に許された人以外居ないはず…
誰だろう…ガイは思い出せなかった。
考えをめぐらせていると歩けないはずのルークが
必死になってガイの傍へベッドを転がり来ていた。
「あぃ…あぃ…ヴァイ…う~…がい…!!」
「え?ルーク今…俺の名前…」
「あい…がい…あい…」
まだたどたどしい口調だが…だが、しっかりと聞こえた…自分の名前を…
ガイは嬉しくなってルークを強く抱きしめ
そして、昨日まで心に溜まっていたものがどこかへ消し去った。
「ルーク…ルーク…ありがとう…俺の名前…」
「う?うー…がい?」
「ん?どうした?っておい!!!」
ルークに呼ばれ抱きしめていた腕を離すと
いきなりルークはガイの唇にキスをした…いや、正確にはまだ眠いのか重い頭をふらふらさせて
ガイの唇にルークの唇が当たってしまっただけ…事故といえば事故だ。
「お前…俺まだキス…ってお前もか…ん?けど俺…前に誰かとキスした気がする…」
誰とキスをしたんだろう…思い出せない…
ガイはまだ完全に回っていない頭を動かして思い出そうとしたが、
思い出せなかった…
「ガイ…やっぱりお前のファーストキスの相手…俺だわ…」
「…当たり前だろ…俺の人生の中でお前以外にキスする相手いないって」
トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ
クロア リョ ズェ トゥエ リョ レイ ネゥ リョ ズェ
ヴァ レイ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リョ トゥエ クロア
リョ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ ズェ レイ
ヴァ ネゥ ヴァ レイ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レイ
クロア リョ クロア ネゥ トゥエ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ
レイ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レイ レイ…
「さぁなぁ…よく覚えてないな…多分ルークお前だろ…よく覚えてないけど…」
「ふーん…」
The traveler of a dream
「はぁ~…眠い…何で俺が…」
灯を灯す譜業を片手に持ちまだ幼い金髪の少年が広い屋敷の廊下を歩いて行った。
目的地は屋敷の真中にある小さな鳥籠…
太陽が顔を出すにはまだまだ時間があり、真っ暗な世界で少年は歩き続けた…
恐怖がないわけではない、お化けなんかに自分の修行中である剣術が
効くとは思えないが仕事なのでいかなければいけない。
少年の名前はガイ・セシル…ファブレ公爵家で使用人をしている少年だ。
少年のメインの仕事は公爵様の子息であるルーク様のお世話。
そんなルーク様は出会った頃はそこらにいる貴族と変わらず
使用人を冷たい目線で睨みつけるような人物だったが、
誘拐をされてから事件のショックで記憶を失い…赤ん坊へと退化した。
言葉、歩き方…人間として生きるための術を全て置いてどこかへ忘れてきた。
本来ならばそんな赤ん坊同然の世話はもっと上のメイドなどがやるべきだと
ガイは日ごろから思っていたが…歳も近く、記憶をなくす前からルークの世話をしていたので
何かがきっかけで思いだすかもしれないという理由でガイが任命された。
……正確に言えば押しつけられたが正解かもしれない。
いろいろと不満はあったが、自分の目的…その為にルークの世話役は好都合だと思っていたが…
ガイは舐めていた…赤ん坊の世話がどれだけ大変かを。
必死にご飯を食べさせようとしても機嫌が悪ければ食べず、
どれだけ言葉を教えても理解不能な鳴き声しか声をあげず、
歩かせようとしても全く歩くことができず、
どれだけ必死に教えてもルークは全くできなかった…思い出さなかった…
その責任はすべて小さなガイに押しつけられた。
誰も助けてれず…責められ…小さなガイの心は限界に近かった。
唯一の理解者であるペール…陰ながらガイの手伝いをしてくれていたが、
彼は庭師…表立ってガイの手伝いができなかった。
今もガイがこのくらい廊下を歩く理由はルークだった…。
最近ルークが夜泣きをするらしい。
ガイとルークの部屋は少し距離が離れていたので気が付かなかったが、
見回りをしている騎士からの報告でそれを知った。
夜泣きをしているのならそれを止めさせるのが世話係の仕事。
それは解っているが、この夜泣きがまた曲者だった。
どれほどあやしても泣きやまず、ただ抱いて部屋を歩き回り泣き疲れるのを
ただ待つしかない…何時もは数時間で泣きやむが
昨日はそれが明け方まで続き今日ガイはほとんどねていなかった。
昨夜と同じ地獄が今日も続くのかと思うとガイの足取りはどんどん重くなる…。
もっとベテランのメイドとかにしてもらえればいいのに…恋も知らない少年にできるはずがない。
ガイはそう思っても誰かが変わってくれることはない。
中庭に続く廊下を歩いていると聞きなれた泣き声が聞こえてきた。
「はぁ…やっぱりか…」
ガイの足は一度止まるが、止まっていてもこの状況は変わらないので
重い足を一生懸命引っ張りルークの部屋まで歩いていった。
鍵を取り出しドアを開けると頭に響く泣き声がガイの頭に響く…
あぁ…この部屋案外防音効果あったのか…といらぬ考えが脳内を駆け巡った。
「ルーク様…何が不満なのですか…?」
呆れた声で泣き叫ぶルークに話しかける。
するとルークは一度だけ泣くのをやめてガイを見つめたが、
再び大声で泣き出し何が不満なのかガイには全く解らなかった。
まぁ、そもそも話すことができないルークに何が不満かを聞くのが無駄だったが…
ガイは大きなため息をつき、片手に持っていた譜業を床に置きルークの傍へと歩み寄って行く。
「ルーク様…ほら、抱っこしてあげますから泣くのは止めて大人しく寝てください。」
「ひっく…ひっく…うぅ…うわあぁん!!!ヴぁイぃ!!うわああああぁぁん!!!」
ガイが両手を差しだしてルークを抱っこしようとするが、一向に泣きやむ気配はない…
大きなため息をつきルークを抱っこするが…何故かますます泣きだし暴れ始めた。
「やあぁ!!やああああぁ!!!うわあああああああん!!!!」
「ちょ…暴れるなって…っう!!!!」
暴れるルーク手がガイの頬を殴り、反射的にガイはルークを落としてしまい
床に落とされた痛さからかますます泣きだした。
そんなルークの姿にガイが普段溜めていたものが一気に爆発した。
「何だよお前…人が折角世話してやってるのに…俺だって寝むくて…辛くて…
お前の父親のせいで俺の生活は…俺の家族は……もうお前なんてしらねぇ!!!勝手にしろ!!!」
そういうとガイは思いっきりドアを閉めて自分の部屋へと走った。
走っている時に思い出したのは姉の優しい笑顔…両親の笑う顔…屋敷で働いていた皆の嬉しい顔…
必死に走り自分の部屋に戻ると押さえていた涙が一気に溢れ出す…
どうして俺ばっかり…どうして…どうして…助けてよ…マリィ姉さん…
声を抑えて泣いていると同室のペールが起き出しガイの傍に優しく歩み寄る。
ペールはいつも優しかった…唯一ガイの味方だ。
「ガイラルディア様…どうなされましたか?今日はお早いお戻りですね…ルーク様は泣きやまれたのですか?」
「知らねぇ…あんなやつ…もうしらねぇ…」
殴られた頬が少しだけ腫れ何があったか想像がついたペールは優しくガイを抱きしめた。
「お辛いでしょう…ガイラルディア様はよく頑張っておられます…ですが…今はルーク様のところへお行きなさい…」
「何で…俺が…」
ペールならもう行かなくていいと言ってくれると思っていた…
だが、ペールから出た言葉は他の人と同じ言葉…ガイは自分の耳を疑った。
「ここで貴方がルーク様を放置なされば、貴方が今まで積み上げてきた信用が崩れてしまいます。
信頼は一度崩れると中々もとには戻りません…貴方の目的は何ですか?
お辛いのはわかりますが…どうか…どうか…お戻りください…」
「ペール…」
ペールに優しく撫でられるとガイは涙を拭き立ちあがった。
自分の目的…それは公爵への復讐…
それを思い出したガイは再び自分を取り戻した。
「すまない…ペール…行ってくるよ…ありがとうな…」
「いえ…この程度しかできない私をお許しください…」
深く頭を下げるとガイは苦笑いをしながら自室を出て再びルークの部屋へと歩いて行く…
こんどは先ほどとは違い灯はない…自分の心と同じ闇の中を
小さな星明りだけを頼りに歩いていく…
しかし、どれほどルークの部屋に近づいてもルークの泣き声が聞こえない。
さっきはこの辺りからでも微かに泣き声が聞こえたはず…
泣き疲れて寝たのか…?いや、今までの経験上それはない…
一番傍で世話をしている自分がそれは一番解っている…そんなことは絶対にない。
ルークの部屋までくると泣き声の変りに中から歌声が聞こえてきた。
今のルークは話すこともできない赤ん坊…だったら中に誰か居るとしか思えない。
奥方様かと思ったが…この歌声は男…成人男性に近い人物の声だ。
ガイは自分の剣を握りしめおそるおそるドアを開けて中を覗く。
そこには月明かりが反射して顔は見えないが…誰かがベッドの上に居るのが確認できた。
床を見ればさきほど自分が置いていった灯を灯す譜業が置いてあったので、
すばやくそれを取り不審人物の顔を確認するため明かりを付けた。
「そこに居るのは誰だ!!ここを誰の部屋だと思って…い…る…」
「うわっ!!びっくりした………もしかして…ガイか?あははは、可愛いな。」
明かりの先に居たのは見知らぬ男……出会ったことなどないはずだが…
どこかで会った感覚がガイの中をうごめいた。
ガイが驚いたのは自分の中で動いた感覚だけではない…その男の姿にも驚いた。
青年の髪は夕陽のような朱色…そして宝石のような碧…王家の人間だと一目でわかったが、
会ったことがない…どうみても青年は17歳程度…
今の王家に17歳くらいの青年など居なかったはずだ。
「お前…誰だ…何で俺の名前…」
「え?あ…うーん…それはナイショ…」
青年は無邪気な笑顔をガイに向けて膝に乗せた小さな塊を優しく撫でた。
よく見ると青年の膝に居るのはガイの主であるルークだ。
「ルーク!?お前…ルークに何をした!!」
「泣いていたから寝てるだけ…子守唄歌ったらすぐに寝たぜ」
「子守唄…?」
ガイが首を傾げていると青年は片手でこっちに来いと呼んだ。
しぶしぶガイは警戒心を出したまま青年の横に座ると
青年はガイの頭を優しく撫でた…さっきペールが撫でてくれたように優しく、愛おしく…。
「ごめんな…俺…我儘ばっかでお前に迷惑ばっかりかけて…」
「俺…お前と会うの初めてなんだけど…」
「………いいから黙って聞いてろつーの…」
頬を膨らませて拗ねる青年の姿を見て本当に自分より年上なのか怪しく思えてきた。
行動が幼い…まるで10歳前後にしか思えない…いや、それ以下か…?
「うぅ…ん?うぁい…?」
「あ…」
青年の膝で寝ていたルークが目を擦りながら起きてしまった。
ガイと目があったルークは先ほどのことを思い出したのか、ぐずぐずと泣き始めた。
また大泣きするのかとため息をついたが、青年が笑いながらルークを抱きしめると
ルークはきょとんとした顔をして青年を見つめた。
「あはははは…ごめんな、起こしたか?お前寂しいんだよな…夜目が覚めて一人ぼっちで…
だから泣いちゃうんだよな…生まれたばっかりだもんな…」
「何言ってるんだ?ルークはもう10歳だぞ…」
「うん…知ってる…独り言だよ…」
青年はルークの頭を撫でるとルークは嬉しそうに笑いだし青年に甘え始めた。
ルークがこんなに人に懐くことはめったにない…
ましてや初対面ならなおさらだ。
ガイにすら最初はなかなか懐かなかった…なのにこの青年は…
ガイの中で何かもやもやしたものが動いた…何だろうこれは…
「お前…何でルークの気持ち解るんだよ…そいつ人見知り激しいのに…」
「ん?そりゃ……俺だもん…自分のことくらい解るさ…なぁ?」
「にゃぁ~」
猫かよとガイは呟くが二人には聞こえてないようで仲良く笑っている…。
ガイ一人蚊帳の外な気持ちになった…
「さて…そろそろ寝ようか…」
「うー…?あぃ、あぃ、あぃ…」
「………何言ってるんだ?」
ルークが必死にガイの方を向いて何かを訴えている…
しかしガイにはルークが何を言っているのか理解ができない…。
「あははは、これはなガイって呼んでるんだぜ…『ガ』って発音が難しくて
『あ』になってるんだ…たまに上手く発音できて『ヴァ』になってるけど…」
「え…?俺を呼んで…?」
青年がルークをベッドに降ろすと必死にガイに手を伸ばしガイの傍へ行こうとするが、
身体が動かずぐずり始めた。
慌ててガイが抱き上げると嬉しそうに「あぃ、あぃ」と必死に呼んでいる。
青年の言う通りときどき「ヴァ」と言っている…
よくこの言葉を言っていたのを思い出した。
言葉を教えた時に面白半分で自分の名前を教えたのはつい先日だ…
その時からルークはずっとガイを呼んでいた。
けど、ガイはそれに気が付かず…手を差し伸べてあげれなかった…
この狭い鳥籠に閉じ込められている哀れな小鳥に…
「ルーク…ごめん…ごめんな…俺…自分のことばっかりで…」
「しょうがねーよ…ガイだってまだ子供なんだし…」
「あぃ、あぃ…ヴァイ…」
「………何言ってるんだ?」
自分を呼んでいることは解ったが…ガイに何をしてほしいのかは全く理解できず
ふと青年に視線を合わせると青年は笑いながら教えてくれた。
「一緒に寝ようだってさ…一人で寝るのは寂しいんだよ…」
「………わかった…これからはお前が寝るまで傍にいてやるよ…」
ルークの額に優しくキスをするとルークは嬉しそうに無邪気に笑い始めた。
そしてルークを抱えながら枕元に移動すると、
ルークは青年に手を伸ばし何かを訴え始めた。
「あうあ…あーぅ…うぅ~…」
「え?俺も一緒に寝るのか?しょうがねぇなぁ…」
どう見ても理解不能な言葉しかルークは言っていないのだが…
何故この青年には理解できるのだろうか…ガイは不思議でしかたがない。
そして、大人二人で余裕に寝れるルークのベッドにルークを真ん中に置いて
三人は横になったが…何が楽しいのかルークはきゃっきゃっと笑い中々寝ようとしない。
「ルーク…いい加減に寝ろ…」
「ははははは…手がかかってすみません…しょうがねーなぁ…」
青年が息を大きく吸い込むと先ほど聞こえた歌を歌い始めた。
お世辞にも上手いとは言えない歌だが…何故か落ち着く歌だった…
何の歌だろうか…ガイは聞いたことがない…いや…昔故郷でヴァンが唄っていた歌に似ている…気がする。
下手くそすぎて比べられないが…
最近寝不足だったせいかガイまでうとうとしていると
真ん中で寝ていたルークが気持ちよさそうに眠っていた。
ガイがどうやっても中々寝なかったルークが秒殺だった。
「何で…中々寝ないのにこいつ…」
「ははは…子守唄ってそんなもんだよ…ガイもやってみろよ…歌は何でもいいからさ…」
「ふーん…その歌なんて言うんだ…?」
「え?うーん…何だろ…仲間に…友達に教えてもらったからさ…」
苦笑いをしながら青年は答えた。
間近でみる青年の顔…やはりどこかで見たことのある顔だ…
いつも近くで…一番傍で見ている気がする…
「ほら…ガイも寝ろよ…疲れてるだろ…?」
「あぁ…うん…おやすみ…」
「おやすみ…ガイ…」
青年はガイの唇に小さくキスを落とすと、
何故かガイが飛び上がり顔を真っ赤にしながら青年を睨みつけた。
「お、お…お前何してっ…!!!!」
「え?おやすみのキスだよ…いつもしてるだろ?まぁいつもはお前からだけど…」
「ばかっ!!俺…俺…まだキスしたこと…」
「あ…ファーストキスだったか?あー…やっぱり俺だったのか…」
青年はあまり反省していないのか笑いながら答える。
ガイは顔を真っ赤にしたまま男同士ですることに信じられず、
布団に顔を埋めたままいつの間にか眠ってしまっていた。
夢に落ちる中で聞こえたのは青年の優しい声…
「俺…いつもお前に迷惑かけて…ほんと親友失格だよな…
けど、いつも傍に居てくれてありがとうな…愛してるよ…ガイ…」
愛してる…?お前が俺を…?
どうして…?初めて会うのに…どうして…どうして…?
ふと自分の頬を何かが叩く感触でガイは目を覚ました。
頬を叩く相手はもちろんルークだった…。
窓を見ればもう起きなければいけない時間…
何故自分がルークの部屋で寝ているのか思い出せなかったが…
ルークの夜泣きをあやしている最中に寝てしまったのだろう。
けど…誰かと一緒に居ていた気がする…
誰と?
この部屋に入れるのは特別に許された人以外居ないはず…
誰だろう…ガイは思い出せなかった。
考えをめぐらせていると歩けないはずのルークが
必死になってガイの傍へベッドを転がり来ていた。
「あぃ…あぃ…ヴァイ…う~…がい…!!」
「え?ルーク今…俺の名前…」
「あい…がい…あい…」
まだたどたどしい口調だが…だが、しっかりと聞こえた…自分の名前を…
ガイは嬉しくなってルークを強く抱きしめ
そして、昨日まで心に溜まっていたものがどこかへ消し去った。
「ルーク…ルーク…ありがとう…俺の名前…」
「う?うー…がい?」
「ん?どうした?っておい!!!」
ルークに呼ばれ抱きしめていた腕を離すと
いきなりルークはガイの唇にキスをした…いや、正確にはまだ眠いのか重い頭をふらふらさせて
ガイの唇にルークの唇が当たってしまっただけ…事故といえば事故だ。
「お前…俺まだキス…ってお前もか…ん?けど俺…前に誰かとキスした気がする…」
誰とキスをしたんだろう…思い出せない…
ガイはまだ完全に回っていない頭を動かして思い出そうとしたが、
思い出せなかった…
「ガイ…やっぱりお前のファーストキスの相手…俺だわ…」
「…当たり前だろ…俺の人生の中でお前以外にキスする相手いないって」
トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ
クロア リョ ズェ トゥエ リョ レイ ネゥ リョ ズェ
ヴァ レイ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リョ トゥエ クロア
リョ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ ズェ レイ
ヴァ ネゥ ヴァ レイ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レイ
クロア リョ クロア ネゥ トゥエ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ
レイ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レイ レイ…
―――リ―――ユーリ、
自身の名を呼ぶ声と、ゆさゆさと揺さぶられる感覚に重い瞼を少しだけ上げれば、ぼんやりと目の前にシルエットが映る。
しぱしぱと未だ開ききらない瞼で瞬きを数回したところで、こちらを心配そうに見下ろす翡翠の瞳とぶつかる。
(なんで…お前が…)
それに惹かれるようにゆっくりと手を伸ばすが、目の前の人物が口を開いた事でそれはピタリと動きを止めた。
「ユーリ、よかった気が付いたんですね!!リタ!ユーリが…!!」
桃色の髪をさらりと揺らし、茶色の髪をした小柄な少女へと駆け寄る姿をぼんやりと目で追いながら、「ああ」と、だんだんクリアになっていく頭で理解する。
(あいつが俺の側にくるわけないか…)
自重気味に笑い、ぐぐっと腕を伸ばしたところで、ふと違和感を感じた。
がばりと起き上がり、マジマジと自分の両手を見つめたところで更なる違和感、いや、異質な存在に気付いてしまった。
慌てて部屋を見渡すと、自分の部屋ではなく医務室で寝ていた事が判明したが、今のユーリにはそんな些細な事はどうでもよかった。
勢いよくベッドから飛び降りると、何故か準備よく置かれていた全身鏡の前へと駆け寄る。
そこに映し出された自分の姿に目を見開き、両手をバンッと鏡につけて顔を近付けるが、それが逆に見間違いではないという事を実感させられてしまう。
「ユ、ユーリ…」
「え~っと、なんて言うか…その…」
鏡の前で愕然とするユーリに気付いたリタとエステルが、何かを言いずらそうに視線を左右へとさ迷わせた。
その様子からすると、二人は事情を知っているのだろう。
いや、この戸惑い方は恐らく当事者に違いない。
問い質そうと口を開きかけたところで鏡からグフフという笑い声が響き、ユーリは素早く鏡から後退る。
「流石のあんたもびっくりしちゃったかしら?」
「…普通、しない方がおかしいだろ。」
いったいいつから潜んでいたのか。
鏡の後ろから顔を半分だけ出して楽しそうに笑う天才科学者を見た瞬間、ユーリはなんとなく全てを理解し、がっくりと肩を落とした。
「あー、もう!!さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃと!!うぜぇっつの!!」
「はっ、てめぇがアホな事ばっかり言うからだろ屑が!!」
「っんだとこのデコが!!」
「あ゙ぁ゙!?誰に言ってんだてめぇ!?」
似ているようで異なる朱と真紅。
同じ翡翠の瞳で同じ顔を睨み付ける双子の喧嘩は、艦内でも見慣れたもので、もはや日常風景と化していた。
「あちゃ~、ま~た喧嘩してるねあの二人。」
「別に放っとけばいいんじゃないか?お互い変に溜め込むよりかはよっぽどいいだろ。」
「『喧嘩するほど仲が良い』って言うしな。」
「仲が良い、ねぇ…うむむ、一理あるかも。」
からからと笑うティトレイに、ノーマも腕を組んで大袈裟にうんうんと頷く。
そんな二人を尻目に、セネルは再び双子へと視線を戻すと、重い息を吐いた。
「問題は、どうやってあそこを通り抜けるかだな。」
二人が喧嘩をしているのは、ちょうど扉の目の前。
クエストを無事に終えて帰って来たセネル達は、その扉を潜った先にいるこのギルドのリーダー、アンジュにクエスト完了報告をしなければならないのである。
「どうしよっか?『ルー君、アッ君ヤッホー♪とか言って堂々と間通ってく?」
「…ノーマならあるいは通れるかもしれないが…」
「俺らがやったら間違いなくアッ君に斬られるって。」
「そっかなぁ?意外と意表をつけると思うんだけど。」
確かに意表はつけるかもしれないが、その後無事生き残れるという保証もない。
ティトレイがははっと乾いた笑いを溢し、セネルがやれやれと首を左右に降ると、ノーマはむぅっと頬を膨らませて二人を睨んだ。
「も~、じゃあセネセネがあそこを通れる良い方法、何か考えてよ!」
「いや、そう言われてもな…。」
未だ睨み合っている様子を見る限り、暫くこの喧嘩は続くのだろう。
放っておけと言った手前、あまり関わりたくはないのだが。
というか、ぶっちゃけ喧嘩のとばっちりはごめんなんで近付きたくない。
思わずまた溜め息をつきそうになるが、ノーマの言う通り、何か方法を考えなければこのまま立ち往生になってしまうのもまた事実だ。
報告を後回しにして一旦自室に戻るという手も勿論ある。
しかし、以前スタンとカイルがクエスト帰還後即刻寝てしまい、そのまま報告を忘れてアンジュからのありがた~いお説教&水の入ったバケツを持ってロビーに暫く立たされるという事件が過去にあった(二人共立ったまま寝ていたらしいが)
お説教も嫌だが、バケツを持って立たされるなんて恥を我慢出来るのは、いくら変わり者の多いこのギルドでも一部の人間だけだろう。
以来「帰ったらとにかくリーダーに即報告!」が、ギルドの暗黙のルールである。
「要するに、あの傍迷惑なお坊ちゃん達の喧嘩を止めればいいんだろ?」
「まあな。だけどそこが問題……っ!?」
どうしたものかと考え込んでいた為に思わず普通に答えてしまったが、新たに加わった少し高めの声にふと我に帰ると、バッと後ろを振り返った。
瞬間、小さな黒い影がセネルの横を素早く駆け抜けた。
「だいたい、俺がどこで何しようとアッシュには関係ねぇし。」
「はっ、俺だっててめぇの行動に興味ねぇよ。だがな、いくら屑でもお前はおぅぐっ!?」
「アッシュ!?ってうぉ!?」
話の途中でアッシュが突然バランスを崩して前に倒れ込んだ。
それに驚き、慌てて体を支えようとルークは両腕を伸ばすが、アッシュの背中から飛び出した黒い物体が胸に飛び込んできた為に自身もバランスを崩し、地面に尻餅を着く破目になる。
「~~ってぇ、いきなり何なんだっ…て……の……」
思わず抱き止めた物に、ルークは目を丸くする。
まず目についたのは、サラリと揺れる黒い髪…の、頭の天辺にある、
「……耳?」
呟くと、ルークの背中にしがみつくように回していた腕が緩み、胸に埋めていた顔が上がった事で二人の視線が絡み合う。
「!?」
「え、え~っとぉ?ルー君、その猫耳さん…どなた?」
尻餅を着いたまま固まってしまったルークに、駆け寄って来たノーマが恐る恐る尋ねる。
その疑問は他の者も同じで、皆の視線が未だルークが抱き抱えている人物へと向けられた。
座り込んでいるのではっきりとはわからないが、ルークと比較した感じ、背丈はジーニアスと同じか少し小さいぐらいだろう。
黒くて長い髪と同じ色の耳と尻尾を生やし、顔が中性的な為判別しづらいが、先程の声と口調を思い出す限り多分男だ。
そんな子供はこのギルドにはいない…はず、なのだが…
「ユージーンの子供か親戚か?」
艦内で唯一、似たような容姿と言えばユージーンか獣人化出来るカイウスだ。
少年は猫耳尻尾以外は普通の人間に見えるし、それが通常装備ならばユージーンのようなガジュマな可能性の方が高い。
そう考えると、耳と尻尾が彼とそっくりに見えてくるのだから不思議だ。
「いや、でも子供どころか奥さんがいるなんて話も聞いた事ないって。」
「え!?じゃあ隠し子とか!?」
「マジで!?」
「意外だな。」
体を寄せ合い、三人はひそひそと『ユージーン隠し子説』について密談を始めてしまう。
あくまで同族な可能性があるというだけなのだが、残念ながら彼をフォローしてくれる人物はここにはいないようだ。
そんな彼等を横目に、突然だったとはいえ、得体のしれない少年に不意を突かれた事に、アッシュは軽く舌打ちして立ち上がった。
自分が立ち上がっても、前方で座り込んだまま動かない朱と黒に気の短い弟は苛立ち、眉間の皺を深くした。
「おい、いい加減「ユー…リ?」
アッシュの言葉を遮るように、ルークの口から戸惑い気味に出てきたのは、彼が苦手としているはずの人物の名前。
その名前に驚いたのはアッシュだけでなく、密談で盛り上がっていたセネル達も一斉にルークと少年を振り返った。
皆の視線が集中する中、猫耳少年は口角を上げ、いつものように不敵に、そして楽しそうに笑った。
「大当たり。」
「「って、ええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!??」」
ノーマとティトレイの艦内に響き渡る叫び声により、猫耳尻尾なユーリの姿がギルドメンバーに知れ渡るまで、そう時間は掛からなかった。
「つまりは、ユーリがああなったのは悪ふざけの結果って事か?」
「…はい。」
歩きながら尋ねるセネルに、エステルはしょんぼりと答える。
あの後、二人の叫び声を聞き付けたギルドメンバーが集まってきてしまい、ユーリの姿を見てちょっとした騒ぎとなった。
いくらバンエルティア号の内装が広いとはいえ、一部屋に大勢集まれば流石に狭い。
わいわいと騒ぎ立てる周りにアッシュが切れたが、そこへタイミングよく駆けつけたリタとエステルにアッシュを除いた5人は連れられ、なんとかあの場から脱出する事に成功する。
脱出後、ロビーから響いた爆発音と断末魔に一同は手を合わせ、今は科学部屋へと移動しながら事の発端についての説明を受けているところだ。
要約すると、エステルとの会話中、ユーリの飼っているラピードという飼い犬の話になったらしい。
心配はしていないが、相棒のような存在だったのでいないとちょっと物足りなさを感じると語った彼に、普段の感謝も込めて猫耳姿で励ます計画だったそうだ(リタはエステルに巻き込まれたらしい)
どうせならユーリにも猫耳を着けてやろう。と話していた時に、どこかから聞き付けてきたハロルドが加わった事により事態は悪化。
実際に猫耳が生えた方が盛り上がる、という彼女の言葉にリタが食い付き、二人で怪しい薬を完成させたそうだ。
それで本当に完成させてしまうとは、天才が揃うとなんて傍迷惑な存ざ…いやいや、なんて恐ろしい。
「あんたの体まで小さくなったのは予定外だったわ。計算では1日猫耳尻尾が生えるだけで、特に害はないなずだったし。」
「…セネルさん、猫耳尻尾が生えるとか、本人にはシャレにならんと思う俺は間違っているんだろうか?」
「自信を持て、俺も同感だ。」
気のせいでなければ、ユーリの体が小さくなってしまった事以外、あまり悪いと思ってなさそうに聞こえる。
出来れば、そんな傍迷惑な薬を作ってしまった事事態を反省してほしいと、セネルとティトレイは憐れみを込めてユーリを見る。
「いつの時代も、実験に犠牲は付き物ってね。いいじゃない、似合ってるんだから。」
「どわっ!?」
「出やがったな諸悪の根源。」
「あら、ご挨拶。」
ユーリの言葉に楽しそうに答えた蛍光に近いピンクの頭の主は、いつの間にか一番後方で様子を見ていたルークの更に背後で楽しそうに笑った。
「え、え!?ハロルドって確かさっき研究室に残ってましたよね?」
いくら広いとはいえ、船の構造上、廊下は一本道で、回り道などは出来ない。
エステル達の後から来たのならば、廊下で鉢合わせしているはずなのだが…
「んふふ♪だって普通に出会ったら面白くないじゃない?」
「は、はあ…」
「諦めなさい、あいつに常識を求めるだけ無駄なんだから。」
「あんたが言うなよ。」
呆れたと言わんばかりに溜め息を吐くリタに、すかさずセネルのツッコミが入る。
常識のある人は普通、他人の頭に猫耳を生やそうとは思わない。
共に薬を作った時点で、リタも十分ハロルド側の人間と言えよう。
「でもさ、確かに似合ってるよね~。」
「はい、ユーリとっても可愛いです♪」
「…勘弁してくれ。」
ユーリの頭を可愛い可愛いと撫でるノーマとエステルに、ユーリはげんなりとしている。
女子に可愛いを連発されて撫で回される21歳。
((なんと憐れな))
女子とは反対に思わずティトレイは目頭を押さえ、セネルは顔を背ける。
本人からしてみれば、それはそれで酷いと思うのだが。
その更に後方で呆れた顔をするルークの、その視線の先、“それ”に気付いたのは、運がいいのか悪いのか、天才科学者様のみだろう。
ハロルドは意味深な笑みを浮かべると、隣にいるルークへと話掛けた。
「ま、元がいいしね。なんならあんたも薬飲んでみる?似合うと思うけど?」
「はぁ?飲むわけねぇし、似合わねぇ!って、お前らもこっち見んな!」
ハロルドが放った言葉に何故か全員が反応し、視線がばっと一斉にルークへと向けられた。
フーッ、と周りを威嚇する姿を小さくして、ユーリのように猫耳尻尾を着けて想像してみよう。
「似合うわ…」
「ああ、絶対似合うな。」
「正に猫って感じ?」
「逆に違和感のなさが恐ぇ…」
「…残念ながら同感だ。」
「お似合いですルーク!」
口々に言う面々に、ハロルドはふふんと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ほら、満場一致じゃない。」
「馬鹿だろ!?お前ら全員馬鹿だろ!?」
叫びながら、ハロルドの背にささっと身を隠すルーク。
しかし、小柄な彼女では隠れきれていない上に、その警戒の仕方がますます猫っぽさを強調しているという事に、お坊ちゃんが気付く日が来るのだろうか。
「と言っても、残念ながら薬はもうないけどさ。」
「じゃあ、余計な事言うんじゃねぇよ!?」
両手を広げて残念がるハロルドに、ルークが喚く様子を眺めながら、本当に残念だ、と思ったのが何人かいたのは内緒の話。
「まぁそれはともかく。ハロルドと話し合った結果、あんたの現状に至っては様子見って事になったわ。」
「?作ったんなら治す方法もわかるんじゃ…はっまさか研究の為!?」
何か恐ろしい物を見るかのような目で、ずささと後退って距離を取るノーマに、ハロルドはん~と間延びした声を出した。
「それはそれで面白いけど、耳と尻尾は効果が切れれば戻るはずなのよ。身長も、薬の副作用なら一緒に戻ると思うのよね。でもま、研究に付き合ってくれるって言うんなら喜んで歓迎するけど?」
「断固拒否する。」
きっぱりと言い返したユーリに、ハロルドはあら残念。と言いながら歩き出す。
「そんじゃ、あたしは研究室に戻るわね。一応副作用の事も調べなくちゃ。んふふ、意図せずあんな効果作りだしちゃうなんて、あたしってやっぱ天才?」
歩きながら、すぐに自分の世界に入り込めるところは確かにある意味天才だ。
因みに、人はそれを変人とも呼ぶ。
「…はぁ、暴走して被害が拡大しないよう見張ってくるわ。い、一応、あたしにも責任あるわけだし。」
「あ、リタ!だったら私も行きます!ユーリはどうします?」
首を傾げて問うエステルに、ユーリはあ~っと面倒そうに頭を掻いた。
「俺はいい。あいつの側にいると気が休まらねぇ。」
「そうですか。皆さんは「あーーーーー!!!!?」
エステルの言葉を遮り、ノーマは口に手を当てて大声を出した。
「あたしらまだクエスト報告してないじゃん!?」
「げ!?」
「急いで戻るぞ!」
「バケツはいやぁぁぁ!!!」
忙しなくバタバタと走り去って行く三人を、ルークはぽかんと見送る。
「なんだありゃ?バケツ?」
「あいつらはあいつらで、複雑な事情があんだろ。」
「ルーク」
そんな二人のやり取りを見ていたエステルは、ルークの手を取ると、にっこりと微笑んだ。
「ユーリの事、頼みますね。」
「…なんでそうなる。」
成り行きで一緒に来てしまったが、今回の件はルークには全く関係ないし、はっきり言って頼まれても困る。
ルークが眉間に皺を寄せていると、エステルはルークから手を離し、今度はユーリの背後に回り込んで低くなった彼の肩に手を置いた。
「だって、猫耳ですよ?」
「そうだ、猫耳だぞ?」
「いや、意味わかんねぇんだけど…」
謎の自信に満ちた発言に、ルークはただただ呆れた眼差しを送った。
――――――――
「マジで意味わかんねぇんだけど…。」
結局、断りきれないままにルークが今いるのはユーリとフレンの部屋だ。
別にユーリ一人でも問題ないんじゃないか、とも思ったが、薬の副作用がまた何か起こらないとも限らない。
同室であるフレンは昨日から長期クエストに出ているらしく、もしも何かあった時の為に一緒にいてあげてほしいと頼まれ、思わず頷いてしまったのだ。
はぁ、と短く息を吐くと、ベッドに腰かけた部屋の主の頭の上の耳がピクリと反応する。
「嫌なら帰ってもいいぞ?別に俺は一人でも平気だし。」
彼の口から出てくる言葉はいつものユーリなのだが、足をベッドの上で組み、尻尾をゆらゆらと揺らす姿に、『ああ、本当にちっせぇ』と妙に感慨深い気分になる。
普段見下ろされているのだから、今のうちに見下ろす立場を堪能するのもいいかもしれない。
ルークは内心でニヤリと笑うと、ユーリに向き直る。
「引き受けたからにはちゃんと『面倒』観てやるよ。別に暇だしな。」
ユーリは一瞬訝しむような視線でルークを見たが、すぐに自分の姿に思い至ると、ああ、と呟いて小さく笑った。
「んじゃ、戻るまで頼みますかね。とりあえず座れば?」
そう言って横にずれるユーリに、今度はルークが眉を寄せる。
座りたいのは山々だが、ベッドである必要はないし、気分的に色々と阻むものがある。
艦内には一部屋に一つずつソファが備え付けてあるはず、とルークは首を巡らせた。
「…なんでソファがねぇんだよ。」
「ん?ああ、なんか別の部屋のソファが破れちまったらしくって、バネ部分が出て危ないからって撤去されたんだよ。んで、代わりがくるまで貸出し中ってわけ。俺もフレンもベッドがあれば十分だしな。」
坊っちゃんには無理かもしんねーけど?などと、余計な事を付け足して笑う姿は腹立たしいが、確かに自分ならば貸そうなどとは思わない。
例え貸してくれと言われたとしても、よっぽどの事情がない限りは「我慢しろ」と言うだろう。
下町育ちだと言うユーリがどんな生活をしていたのかは知らないが、なんだか自分が随分とちっぽけな存在に思える。
「ルーク?」
「な、なんでもねぇ!!」
黙ってしまったルークを訝しんで呼んでくるユーリに慌ててを返事をすると、彼の隣に腰を下ろす。
二人分の重みにギシッとベッドが軋むが、屋敷のふわふわの物とは違い、少し硬めなそれの座り心地はそんなに悪くない。
「これが…ロイドの言ってた庶民の知恵…」
「なんの事かわかんねぇけど、多分違うからな?」
せっかくの知識を即座に否定された事に、ムッとして隣を見ると、ユーリは自分の尻尾を手に絡めたり手のひらに乗せたりして遊んでいた。
なんとなく声を掛けそびれてしまい、何気なく時折ぴくぴくと動く獣耳を眺めていてふと思い付く。
「ユーリ。」
「ん?」
返事をしながらユーリが首を傾けると、目の前にすっとグローブをした手が差し出された。
無言のままチラリとルークを伺えば、ユーリでは普段拝めないであろう満面の笑み。
「お手。」
そりゃ犬だろう、と心の中で突っ込むが、楽しそうな声に逆らう事など出来ず、ポフッと手を乗せる。
分かってはいた事だが、ルークよりも小さい手に若干ショックを受けるユーリ。
だが、満足そうに笑って頭を撫でてくるルークに、単純ながらも小さくなってよかったかもとか思ってしまう自分が恨めしい。
「獣耳ってのも案外いいかもな。」
「違う、猫耳だからこそ癒されるんだ。」
「だから、意味わかんねぇって。耳なんて何でも一緒だろ?」
「猫耳の良さがわかんねぇとは、まだまだお子様だな。」
彼の猫耳に対する情熱も謎だが、正直一生わかりたくはない。
じとっと半眼で耳を眺めていると、それに気付いたユーリの手がルークの頬に添えられ、上目遣いでニヤリと笑った。
「触ってみる?」
「~~!?」
途端、顔を真っ赤にさせたルークはシュバッとベッドの上に乗り上がると、ユーリから距離をとりつつ更に枕でガードの体制をとる。
実に無駄のない俊敏な動きだ。
そこまでの所要時間に一秒もかかっていないかもしれない。
「エロイ!!お前小さいくせになんかエロイ!!そういうのは話に乗りそうなゼロスかレイヴンにでもしろ、このフェロモン大魔王!!」
「やめろ、考えたくもねぇけど気持ち悪すぎて鳥肌が立つ。そしてベッドに上がるなら靴脱げ、靴。」
腕を擦りながらルークが履いたままのブーツを指差して注意すると、渋々とだがちゃんと脱いでベッドの下に置きだした。
別に本当に脱がなくてもベッドから降りればいいだけの話だったんだが、今更それを言うと間違いなく怒る。
しかし、このまま放置するといくら天然とはいえ、脱ぐ必要がなかった事に本人が気付いてしまう。
さて、どうしたものかと考えていると黒い尻尾がふと目に入り、口端を上げてユーリも靴を脱いでベッドの上に座り直すルークへと四つん這いで近付き、太股に手を置いた。
「うわっ!?ちょ、何すんだよ!?」
びくりと反応するルークを無視してゴロリと寝転がり、太股に頭を載せる。
言わば膝枕だ。
(あ~、意外と寝心地いいかも。)
これならばルークも動けないし、何よりこの状態は美味しい。
一石二鳥とは正にこの事だろう。
「おいこら、誰が勝手に膝を使っていいっつった!?」
「人様の膝で眠るのが猫の仕事なんだよ。」
「嘘つけ!降りろ馬鹿猫!」
「…仕方ねぇな。膝でなきゃいいんだろ?」
「へ?ぅおわっっ!?」
体を起こして座ったままのルークへ勢いよく飛び付けば、油断していたのか、あっさりとベッドへと押し倒された体は反動で数回跳ねた。
振動が収まるのを見計らい、今度はルークの胸の辺りに顔を伏せ、体を丸く縮めて目を閉じる。
「お、おいちょっと待て!?まさかこの状態で寝る気じゃねぇだろうな!?」
「……。」
ユーリが上に乗っていて動けない為、慌てて首だけ起こして怒鳴るが、小さな体が呼吸に合わせてゆっくりと上下に動くだけで反応はなかった。
「マジかよ…てか、状態が悪化してんじゃねぇか、どうすんだよ馬鹿猫…。」
黒い耳を軽く引っ張ると、反対側の耳がぴくぴくと反応する。
面白くなって縁を辿るようにつっと指を這わせば、ペタリと伏せられてしまったので、手持ちぶさたになった手で今度は髪を一房掴んで弄ぶ。
何やってんだ、と自分でも思うのだが、こんな風にユーリに触れられるのは最初で最後かもしれないと思うと、少しだけ寂しい気もする。
胸の辺りに少し圧迫感はあるが、暖かい体温にルークの瞼もだんだんと重くなってきた。
「…おやすみユーリ。」
弄んでいた髪を離して最後に頭を一撫ですると、そのまま力尽きたようにパタリとベッドの上に手が落ちる。
そのまますぅすぅと静かな寝息が聞こえると、少ししてユーリがもぞりと動き出す。
「どっちがエロイんだよこの天然め…」
そう言って上げられた顔は赤い。
どうやら狸寝入りをしてじっと我慢していたようだが、その報いだろう。
ルークを起こさないようゆっくり前へと移動し、顔に掛かった髪を払ってやりながら溜め息を吐く。
こんなにも、小さい事でもどかしい思いをするのは何年振りか。
そっと瞼と口に口付けを落とすと、またもぞもぞとルークの胸の上へと戻る。
「おやすみルーク。」
今度こそ眠る体制に入ったユーリの後頭部がふわりと撫でられた気がした。
数時間後、様子を見に行ったエステルが見たものは、元の姿に戻ったユーリが、何故か頭から猫耳を生やしたルークに殴り飛ばされている光景だった。
(なんで今度はルークに?)
(…感染?)
(冷静に答えんな!どうしてくれんだよ!?)
(猫耳だけで身長は縮んでねぇし、似合うからいいじゃねぇか。)
(よくねぇよ馬鹿ユーリ!!)
自身の名を呼ぶ声と、ゆさゆさと揺さぶられる感覚に重い瞼を少しだけ上げれば、ぼんやりと目の前にシルエットが映る。
しぱしぱと未だ開ききらない瞼で瞬きを数回したところで、こちらを心配そうに見下ろす翡翠の瞳とぶつかる。
(なんで…お前が…)
それに惹かれるようにゆっくりと手を伸ばすが、目の前の人物が口を開いた事でそれはピタリと動きを止めた。
「ユーリ、よかった気が付いたんですね!!リタ!ユーリが…!!」
桃色の髪をさらりと揺らし、茶色の髪をした小柄な少女へと駆け寄る姿をぼんやりと目で追いながら、「ああ」と、だんだんクリアになっていく頭で理解する。
(あいつが俺の側にくるわけないか…)
自重気味に笑い、ぐぐっと腕を伸ばしたところで、ふと違和感を感じた。
がばりと起き上がり、マジマジと自分の両手を見つめたところで更なる違和感、いや、異質な存在に気付いてしまった。
慌てて部屋を見渡すと、自分の部屋ではなく医務室で寝ていた事が判明したが、今のユーリにはそんな些細な事はどうでもよかった。
勢いよくベッドから飛び降りると、何故か準備よく置かれていた全身鏡の前へと駆け寄る。
そこに映し出された自分の姿に目を見開き、両手をバンッと鏡につけて顔を近付けるが、それが逆に見間違いではないという事を実感させられてしまう。
「ユ、ユーリ…」
「え~っと、なんて言うか…その…」
鏡の前で愕然とするユーリに気付いたリタとエステルが、何かを言いずらそうに視線を左右へとさ迷わせた。
その様子からすると、二人は事情を知っているのだろう。
いや、この戸惑い方は恐らく当事者に違いない。
問い質そうと口を開きかけたところで鏡からグフフという笑い声が響き、ユーリは素早く鏡から後退る。
「流石のあんたもびっくりしちゃったかしら?」
「…普通、しない方がおかしいだろ。」
いったいいつから潜んでいたのか。
鏡の後ろから顔を半分だけ出して楽しそうに笑う天才科学者を見た瞬間、ユーリはなんとなく全てを理解し、がっくりと肩を落とした。
「あー、もう!!さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃと!!うぜぇっつの!!」
「はっ、てめぇがアホな事ばっかり言うからだろ屑が!!」
「っんだとこのデコが!!」
「あ゙ぁ゙!?誰に言ってんだてめぇ!?」
似ているようで異なる朱と真紅。
同じ翡翠の瞳で同じ顔を睨み付ける双子の喧嘩は、艦内でも見慣れたもので、もはや日常風景と化していた。
「あちゃ~、ま~た喧嘩してるねあの二人。」
「別に放っとけばいいんじゃないか?お互い変に溜め込むよりかはよっぽどいいだろ。」
「『喧嘩するほど仲が良い』って言うしな。」
「仲が良い、ねぇ…うむむ、一理あるかも。」
からからと笑うティトレイに、ノーマも腕を組んで大袈裟にうんうんと頷く。
そんな二人を尻目に、セネルは再び双子へと視線を戻すと、重い息を吐いた。
「問題は、どうやってあそこを通り抜けるかだな。」
二人が喧嘩をしているのは、ちょうど扉の目の前。
クエストを無事に終えて帰って来たセネル達は、その扉を潜った先にいるこのギルドのリーダー、アンジュにクエスト完了報告をしなければならないのである。
「どうしよっか?『ルー君、アッ君ヤッホー♪とか言って堂々と間通ってく?」
「…ノーマならあるいは通れるかもしれないが…」
「俺らがやったら間違いなくアッ君に斬られるって。」
「そっかなぁ?意外と意表をつけると思うんだけど。」
確かに意表はつけるかもしれないが、その後無事生き残れるという保証もない。
ティトレイがははっと乾いた笑いを溢し、セネルがやれやれと首を左右に降ると、ノーマはむぅっと頬を膨らませて二人を睨んだ。
「も~、じゃあセネセネがあそこを通れる良い方法、何か考えてよ!」
「いや、そう言われてもな…。」
未だ睨み合っている様子を見る限り、暫くこの喧嘩は続くのだろう。
放っておけと言った手前、あまり関わりたくはないのだが。
というか、ぶっちゃけ喧嘩のとばっちりはごめんなんで近付きたくない。
思わずまた溜め息をつきそうになるが、ノーマの言う通り、何か方法を考えなければこのまま立ち往生になってしまうのもまた事実だ。
報告を後回しにして一旦自室に戻るという手も勿論ある。
しかし、以前スタンとカイルがクエスト帰還後即刻寝てしまい、そのまま報告を忘れてアンジュからのありがた~いお説教&水の入ったバケツを持ってロビーに暫く立たされるという事件が過去にあった(二人共立ったまま寝ていたらしいが)
お説教も嫌だが、バケツを持って立たされるなんて恥を我慢出来るのは、いくら変わり者の多いこのギルドでも一部の人間だけだろう。
以来「帰ったらとにかくリーダーに即報告!」が、ギルドの暗黙のルールである。
「要するに、あの傍迷惑なお坊ちゃん達の喧嘩を止めればいいんだろ?」
「まあな。だけどそこが問題……っ!?」
どうしたものかと考え込んでいた為に思わず普通に答えてしまったが、新たに加わった少し高めの声にふと我に帰ると、バッと後ろを振り返った。
瞬間、小さな黒い影がセネルの横を素早く駆け抜けた。
「だいたい、俺がどこで何しようとアッシュには関係ねぇし。」
「はっ、俺だっててめぇの行動に興味ねぇよ。だがな、いくら屑でもお前はおぅぐっ!?」
「アッシュ!?ってうぉ!?」
話の途中でアッシュが突然バランスを崩して前に倒れ込んだ。
それに驚き、慌てて体を支えようとルークは両腕を伸ばすが、アッシュの背中から飛び出した黒い物体が胸に飛び込んできた為に自身もバランスを崩し、地面に尻餅を着く破目になる。
「~~ってぇ、いきなり何なんだっ…て……の……」
思わず抱き止めた物に、ルークは目を丸くする。
まず目についたのは、サラリと揺れる黒い髪…の、頭の天辺にある、
「……耳?」
呟くと、ルークの背中にしがみつくように回していた腕が緩み、胸に埋めていた顔が上がった事で二人の視線が絡み合う。
「!?」
「え、え~っとぉ?ルー君、その猫耳さん…どなた?」
尻餅を着いたまま固まってしまったルークに、駆け寄って来たノーマが恐る恐る尋ねる。
その疑問は他の者も同じで、皆の視線が未だルークが抱き抱えている人物へと向けられた。
座り込んでいるのではっきりとはわからないが、ルークと比較した感じ、背丈はジーニアスと同じか少し小さいぐらいだろう。
黒くて長い髪と同じ色の耳と尻尾を生やし、顔が中性的な為判別しづらいが、先程の声と口調を思い出す限り多分男だ。
そんな子供はこのギルドにはいない…はず、なのだが…
「ユージーンの子供か親戚か?」
艦内で唯一、似たような容姿と言えばユージーンか獣人化出来るカイウスだ。
少年は猫耳尻尾以外は普通の人間に見えるし、それが通常装備ならばユージーンのようなガジュマな可能性の方が高い。
そう考えると、耳と尻尾が彼とそっくりに見えてくるのだから不思議だ。
「いや、でも子供どころか奥さんがいるなんて話も聞いた事ないって。」
「え!?じゃあ隠し子とか!?」
「マジで!?」
「意外だな。」
体を寄せ合い、三人はひそひそと『ユージーン隠し子説』について密談を始めてしまう。
あくまで同族な可能性があるというだけなのだが、残念ながら彼をフォローしてくれる人物はここにはいないようだ。
そんな彼等を横目に、突然だったとはいえ、得体のしれない少年に不意を突かれた事に、アッシュは軽く舌打ちして立ち上がった。
自分が立ち上がっても、前方で座り込んだまま動かない朱と黒に気の短い弟は苛立ち、眉間の皺を深くした。
「おい、いい加減「ユー…リ?」
アッシュの言葉を遮るように、ルークの口から戸惑い気味に出てきたのは、彼が苦手としているはずの人物の名前。
その名前に驚いたのはアッシュだけでなく、密談で盛り上がっていたセネル達も一斉にルークと少年を振り返った。
皆の視線が集中する中、猫耳少年は口角を上げ、いつものように不敵に、そして楽しそうに笑った。
「大当たり。」
「「って、ええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!??」」
ノーマとティトレイの艦内に響き渡る叫び声により、猫耳尻尾なユーリの姿がギルドメンバーに知れ渡るまで、そう時間は掛からなかった。
「つまりは、ユーリがああなったのは悪ふざけの結果って事か?」
「…はい。」
歩きながら尋ねるセネルに、エステルはしょんぼりと答える。
あの後、二人の叫び声を聞き付けたギルドメンバーが集まってきてしまい、ユーリの姿を見てちょっとした騒ぎとなった。
いくらバンエルティア号の内装が広いとはいえ、一部屋に大勢集まれば流石に狭い。
わいわいと騒ぎ立てる周りにアッシュが切れたが、そこへタイミングよく駆けつけたリタとエステルにアッシュを除いた5人は連れられ、なんとかあの場から脱出する事に成功する。
脱出後、ロビーから響いた爆発音と断末魔に一同は手を合わせ、今は科学部屋へと移動しながら事の発端についての説明を受けているところだ。
要約すると、エステルとの会話中、ユーリの飼っているラピードという飼い犬の話になったらしい。
心配はしていないが、相棒のような存在だったのでいないとちょっと物足りなさを感じると語った彼に、普段の感謝も込めて猫耳姿で励ます計画だったそうだ(リタはエステルに巻き込まれたらしい)
どうせならユーリにも猫耳を着けてやろう。と話していた時に、どこかから聞き付けてきたハロルドが加わった事により事態は悪化。
実際に猫耳が生えた方が盛り上がる、という彼女の言葉にリタが食い付き、二人で怪しい薬を完成させたそうだ。
それで本当に完成させてしまうとは、天才が揃うとなんて傍迷惑な存ざ…いやいや、なんて恐ろしい。
「あんたの体まで小さくなったのは予定外だったわ。計算では1日猫耳尻尾が生えるだけで、特に害はないなずだったし。」
「…セネルさん、猫耳尻尾が生えるとか、本人にはシャレにならんと思う俺は間違っているんだろうか?」
「自信を持て、俺も同感だ。」
気のせいでなければ、ユーリの体が小さくなってしまった事以外、あまり悪いと思ってなさそうに聞こえる。
出来れば、そんな傍迷惑な薬を作ってしまった事事態を反省してほしいと、セネルとティトレイは憐れみを込めてユーリを見る。
「いつの時代も、実験に犠牲は付き物ってね。いいじゃない、似合ってるんだから。」
「どわっ!?」
「出やがったな諸悪の根源。」
「あら、ご挨拶。」
ユーリの言葉に楽しそうに答えた蛍光に近いピンクの頭の主は、いつの間にか一番後方で様子を見ていたルークの更に背後で楽しそうに笑った。
「え、え!?ハロルドって確かさっき研究室に残ってましたよね?」
いくら広いとはいえ、船の構造上、廊下は一本道で、回り道などは出来ない。
エステル達の後から来たのならば、廊下で鉢合わせしているはずなのだが…
「んふふ♪だって普通に出会ったら面白くないじゃない?」
「は、はあ…」
「諦めなさい、あいつに常識を求めるだけ無駄なんだから。」
「あんたが言うなよ。」
呆れたと言わんばかりに溜め息を吐くリタに、すかさずセネルのツッコミが入る。
常識のある人は普通、他人の頭に猫耳を生やそうとは思わない。
共に薬を作った時点で、リタも十分ハロルド側の人間と言えよう。
「でもさ、確かに似合ってるよね~。」
「はい、ユーリとっても可愛いです♪」
「…勘弁してくれ。」
ユーリの頭を可愛い可愛いと撫でるノーマとエステルに、ユーリはげんなりとしている。
女子に可愛いを連発されて撫で回される21歳。
((なんと憐れな))
女子とは反対に思わずティトレイは目頭を押さえ、セネルは顔を背ける。
本人からしてみれば、それはそれで酷いと思うのだが。
その更に後方で呆れた顔をするルークの、その視線の先、“それ”に気付いたのは、運がいいのか悪いのか、天才科学者様のみだろう。
ハロルドは意味深な笑みを浮かべると、隣にいるルークへと話掛けた。
「ま、元がいいしね。なんならあんたも薬飲んでみる?似合うと思うけど?」
「はぁ?飲むわけねぇし、似合わねぇ!って、お前らもこっち見んな!」
ハロルドが放った言葉に何故か全員が反応し、視線がばっと一斉にルークへと向けられた。
フーッ、と周りを威嚇する姿を小さくして、ユーリのように猫耳尻尾を着けて想像してみよう。
「似合うわ…」
「ああ、絶対似合うな。」
「正に猫って感じ?」
「逆に違和感のなさが恐ぇ…」
「…残念ながら同感だ。」
「お似合いですルーク!」
口々に言う面々に、ハロルドはふふんと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ほら、満場一致じゃない。」
「馬鹿だろ!?お前ら全員馬鹿だろ!?」
叫びながら、ハロルドの背にささっと身を隠すルーク。
しかし、小柄な彼女では隠れきれていない上に、その警戒の仕方がますます猫っぽさを強調しているという事に、お坊ちゃんが気付く日が来るのだろうか。
「と言っても、残念ながら薬はもうないけどさ。」
「じゃあ、余計な事言うんじゃねぇよ!?」
両手を広げて残念がるハロルドに、ルークが喚く様子を眺めながら、本当に残念だ、と思ったのが何人かいたのは内緒の話。
「まぁそれはともかく。ハロルドと話し合った結果、あんたの現状に至っては様子見って事になったわ。」
「?作ったんなら治す方法もわかるんじゃ…はっまさか研究の為!?」
何か恐ろしい物を見るかのような目で、ずささと後退って距離を取るノーマに、ハロルドはん~と間延びした声を出した。
「それはそれで面白いけど、耳と尻尾は効果が切れれば戻るはずなのよ。身長も、薬の副作用なら一緒に戻ると思うのよね。でもま、研究に付き合ってくれるって言うんなら喜んで歓迎するけど?」
「断固拒否する。」
きっぱりと言い返したユーリに、ハロルドはあら残念。と言いながら歩き出す。
「そんじゃ、あたしは研究室に戻るわね。一応副作用の事も調べなくちゃ。んふふ、意図せずあんな効果作りだしちゃうなんて、あたしってやっぱ天才?」
歩きながら、すぐに自分の世界に入り込めるところは確かにある意味天才だ。
因みに、人はそれを変人とも呼ぶ。
「…はぁ、暴走して被害が拡大しないよう見張ってくるわ。い、一応、あたしにも責任あるわけだし。」
「あ、リタ!だったら私も行きます!ユーリはどうします?」
首を傾げて問うエステルに、ユーリはあ~っと面倒そうに頭を掻いた。
「俺はいい。あいつの側にいると気が休まらねぇ。」
「そうですか。皆さんは「あーーーーー!!!!?」
エステルの言葉を遮り、ノーマは口に手を当てて大声を出した。
「あたしらまだクエスト報告してないじゃん!?」
「げ!?」
「急いで戻るぞ!」
「バケツはいやぁぁぁ!!!」
忙しなくバタバタと走り去って行く三人を、ルークはぽかんと見送る。
「なんだありゃ?バケツ?」
「あいつらはあいつらで、複雑な事情があんだろ。」
「ルーク」
そんな二人のやり取りを見ていたエステルは、ルークの手を取ると、にっこりと微笑んだ。
「ユーリの事、頼みますね。」
「…なんでそうなる。」
成り行きで一緒に来てしまったが、今回の件はルークには全く関係ないし、はっきり言って頼まれても困る。
ルークが眉間に皺を寄せていると、エステルはルークから手を離し、今度はユーリの背後に回り込んで低くなった彼の肩に手を置いた。
「だって、猫耳ですよ?」
「そうだ、猫耳だぞ?」
「いや、意味わかんねぇんだけど…」
謎の自信に満ちた発言に、ルークはただただ呆れた眼差しを送った。
――――――――
「マジで意味わかんねぇんだけど…。」
結局、断りきれないままにルークが今いるのはユーリとフレンの部屋だ。
別にユーリ一人でも問題ないんじゃないか、とも思ったが、薬の副作用がまた何か起こらないとも限らない。
同室であるフレンは昨日から長期クエストに出ているらしく、もしも何かあった時の為に一緒にいてあげてほしいと頼まれ、思わず頷いてしまったのだ。
はぁ、と短く息を吐くと、ベッドに腰かけた部屋の主の頭の上の耳がピクリと反応する。
「嫌なら帰ってもいいぞ?別に俺は一人でも平気だし。」
彼の口から出てくる言葉はいつものユーリなのだが、足をベッドの上で組み、尻尾をゆらゆらと揺らす姿に、『ああ、本当にちっせぇ』と妙に感慨深い気分になる。
普段見下ろされているのだから、今のうちに見下ろす立場を堪能するのもいいかもしれない。
ルークは内心でニヤリと笑うと、ユーリに向き直る。
「引き受けたからにはちゃんと『面倒』観てやるよ。別に暇だしな。」
ユーリは一瞬訝しむような視線でルークを見たが、すぐに自分の姿に思い至ると、ああ、と呟いて小さく笑った。
「んじゃ、戻るまで頼みますかね。とりあえず座れば?」
そう言って横にずれるユーリに、今度はルークが眉を寄せる。
座りたいのは山々だが、ベッドである必要はないし、気分的に色々と阻むものがある。
艦内には一部屋に一つずつソファが備え付けてあるはず、とルークは首を巡らせた。
「…なんでソファがねぇんだよ。」
「ん?ああ、なんか別の部屋のソファが破れちまったらしくって、バネ部分が出て危ないからって撤去されたんだよ。んで、代わりがくるまで貸出し中ってわけ。俺もフレンもベッドがあれば十分だしな。」
坊っちゃんには無理かもしんねーけど?などと、余計な事を付け足して笑う姿は腹立たしいが、確かに自分ならば貸そうなどとは思わない。
例え貸してくれと言われたとしても、よっぽどの事情がない限りは「我慢しろ」と言うだろう。
下町育ちだと言うユーリがどんな生活をしていたのかは知らないが、なんだか自分が随分とちっぽけな存在に思える。
「ルーク?」
「な、なんでもねぇ!!」
黙ってしまったルークを訝しんで呼んでくるユーリに慌ててを返事をすると、彼の隣に腰を下ろす。
二人分の重みにギシッとベッドが軋むが、屋敷のふわふわの物とは違い、少し硬めなそれの座り心地はそんなに悪くない。
「これが…ロイドの言ってた庶民の知恵…」
「なんの事かわかんねぇけど、多分違うからな?」
せっかくの知識を即座に否定された事に、ムッとして隣を見ると、ユーリは自分の尻尾を手に絡めたり手のひらに乗せたりして遊んでいた。
なんとなく声を掛けそびれてしまい、何気なく時折ぴくぴくと動く獣耳を眺めていてふと思い付く。
「ユーリ。」
「ん?」
返事をしながらユーリが首を傾けると、目の前にすっとグローブをした手が差し出された。
無言のままチラリとルークを伺えば、ユーリでは普段拝めないであろう満面の笑み。
「お手。」
そりゃ犬だろう、と心の中で突っ込むが、楽しそうな声に逆らう事など出来ず、ポフッと手を乗せる。
分かってはいた事だが、ルークよりも小さい手に若干ショックを受けるユーリ。
だが、満足そうに笑って頭を撫でてくるルークに、単純ながらも小さくなってよかったかもとか思ってしまう自分が恨めしい。
「獣耳ってのも案外いいかもな。」
「違う、猫耳だからこそ癒されるんだ。」
「だから、意味わかんねぇって。耳なんて何でも一緒だろ?」
「猫耳の良さがわかんねぇとは、まだまだお子様だな。」
彼の猫耳に対する情熱も謎だが、正直一生わかりたくはない。
じとっと半眼で耳を眺めていると、それに気付いたユーリの手がルークの頬に添えられ、上目遣いでニヤリと笑った。
「触ってみる?」
「~~!?」
途端、顔を真っ赤にさせたルークはシュバッとベッドの上に乗り上がると、ユーリから距離をとりつつ更に枕でガードの体制をとる。
実に無駄のない俊敏な動きだ。
そこまでの所要時間に一秒もかかっていないかもしれない。
「エロイ!!お前小さいくせになんかエロイ!!そういうのは話に乗りそうなゼロスかレイヴンにでもしろ、このフェロモン大魔王!!」
「やめろ、考えたくもねぇけど気持ち悪すぎて鳥肌が立つ。そしてベッドに上がるなら靴脱げ、靴。」
腕を擦りながらルークが履いたままのブーツを指差して注意すると、渋々とだがちゃんと脱いでベッドの下に置きだした。
別に本当に脱がなくてもベッドから降りればいいだけの話だったんだが、今更それを言うと間違いなく怒る。
しかし、このまま放置するといくら天然とはいえ、脱ぐ必要がなかった事に本人が気付いてしまう。
さて、どうしたものかと考えていると黒い尻尾がふと目に入り、口端を上げてユーリも靴を脱いでベッドの上に座り直すルークへと四つん這いで近付き、太股に手を置いた。
「うわっ!?ちょ、何すんだよ!?」
びくりと反応するルークを無視してゴロリと寝転がり、太股に頭を載せる。
言わば膝枕だ。
(あ~、意外と寝心地いいかも。)
これならばルークも動けないし、何よりこの状態は美味しい。
一石二鳥とは正にこの事だろう。
「おいこら、誰が勝手に膝を使っていいっつった!?」
「人様の膝で眠るのが猫の仕事なんだよ。」
「嘘つけ!降りろ馬鹿猫!」
「…仕方ねぇな。膝でなきゃいいんだろ?」
「へ?ぅおわっっ!?」
体を起こして座ったままのルークへ勢いよく飛び付けば、油断していたのか、あっさりとベッドへと押し倒された体は反動で数回跳ねた。
振動が収まるのを見計らい、今度はルークの胸の辺りに顔を伏せ、体を丸く縮めて目を閉じる。
「お、おいちょっと待て!?まさかこの状態で寝る気じゃねぇだろうな!?」
「……。」
ユーリが上に乗っていて動けない為、慌てて首だけ起こして怒鳴るが、小さな体が呼吸に合わせてゆっくりと上下に動くだけで反応はなかった。
「マジかよ…てか、状態が悪化してんじゃねぇか、どうすんだよ馬鹿猫…。」
黒い耳を軽く引っ張ると、反対側の耳がぴくぴくと反応する。
面白くなって縁を辿るようにつっと指を這わせば、ペタリと伏せられてしまったので、手持ちぶさたになった手で今度は髪を一房掴んで弄ぶ。
何やってんだ、と自分でも思うのだが、こんな風にユーリに触れられるのは最初で最後かもしれないと思うと、少しだけ寂しい気もする。
胸の辺りに少し圧迫感はあるが、暖かい体温にルークの瞼もだんだんと重くなってきた。
「…おやすみユーリ。」
弄んでいた髪を離して最後に頭を一撫ですると、そのまま力尽きたようにパタリとベッドの上に手が落ちる。
そのまますぅすぅと静かな寝息が聞こえると、少ししてユーリがもぞりと動き出す。
「どっちがエロイんだよこの天然め…」
そう言って上げられた顔は赤い。
どうやら狸寝入りをしてじっと我慢していたようだが、その報いだろう。
ルークを起こさないようゆっくり前へと移動し、顔に掛かった髪を払ってやりながら溜め息を吐く。
こんなにも、小さい事でもどかしい思いをするのは何年振りか。
そっと瞼と口に口付けを落とすと、またもぞもぞとルークの胸の上へと戻る。
「おやすみルーク。」
今度こそ眠る体制に入ったユーリの後頭部がふわりと撫でられた気がした。
数時間後、様子を見に行ったエステルが見たものは、元の姿に戻ったユーリが、何故か頭から猫耳を生やしたルークに殴り飛ばされている光景だった。
(なんで今度はルークに?)
(…感染?)
(冷静に答えんな!どうしてくれんだよ!?)
(猫耳だけで身長は縮んでねぇし、似合うからいいじゃねぇか。)
(よくねぇよ馬鹿ユーリ!!)
ユー リ・ローウェルは遊び疲れて眠っている我が家のアイドル(語弊はない)子猫ルークを抱っこして家路を歩いている。むにゃむにゃと言葉にならない寝言を呟い ているのを聞きながらユーリは柔らかく微笑む。法的な問題でなかなか外に出してやれなかったルークにやっと外の世界を見せてやることができた。それがユー リにとっては何よりの喜びだ。
──そもそもの発端は昨夜の会話である。明日の予定をチェックしていた時、ユーリ・フレン・レイヴンの三人全員が用 事を抱え、なおかつ、ラピードは古傷である右目を診てもらうために検査入院したばかり。さて、ここで問題になったのがユーリの膝でうつらうつらと眠りの体 勢に入ったルークだ。一人家には残して行けない。が、家から出してやるには年齢が低い。フレンいわく特別な許可証がいる、らしい。ユーリは基本的にそうい うことにはノータッチであったため、面倒臭いくらいしか思わなかかった。言えば倍になって言葉が飛んでくるのが目に見えていたので何も言わなかったが。結 局、家主であるレイヴンのコネを最大限利用して許可証を真夜中に発行してもらうという暴挙でもってすべてが解決した。実際のところ、レイヴンの職業を知ら ないために無職だと思っていたユーリとフレンは少しだけ尊敬してもいいかと思えた。酷いとか言われても、どう見ても無職にしか見えない胡散臭いおっさんを どう信じろと言うのか。
さて、話は次の日に移る。ルークは初めて外に出るとあって大はしゃぎで派手に転んでも泣かないという芸当見せてくれた。泣かないのは有り難いが、後が怖い。
「ままーはやくー!」
「分かった分かった。ルーク、ちょっと落ち着け、頼むから」
落 ち着けと言われて落ち着くなら苦労しない。相変わらず怪獣のごとく暴れ回る、否、はしゃぎまくっている子猫を宥めすかして大学に行くも面倒な奴に目を付け られ、フレンと二人で応戦したものの、学長に連行されるというアクシデントが起きた。が、それも大した問題ではない。むしろ、ルークがその学長に懐いてし まったのがちょっと切ない。
「話は聞いている。念のため許可証を見せてくれ」
ユーリがカード型の許可証を差し出すと学長、デューク・バンタレイは確認して頷いた。興味津々といった体でルークはデュークをじっと見つめている。デュークの方も気づいたらしく頭を緩く撫でている。ぐるぐると喉が鳴っているところを見ると相当懐いたらしいことは分かる。
「手に余るようなら私のところで預かるが」
「一応、フレンと交代で面倒見ることにしてんですけど、どーにもならなくなったら頼みます」
「分かった。今日は外に出掛ける予定がない。いつでも連絡なり声をかけてくれて構わない」
「ありがとーございまーす」
「ユーリ、言葉遣い!」
「へーへー」
間延びした如何にもやる気のない言い方にフレンの注意が飛んだが、ユーリはやはりやる気のない返事。デュークはため息を吐いたが、ユーリとルークに退室を促した。デュークにひとしきり構って貰ったルークはご機嫌である。
「よし、ルーク。今日は一日良い子してるんだぞ?」
「うん! いいこにしてたらあそんでくれる?」
「おう、目一杯遊んでやる」
「るーく、いいこにしてる!」
実 のところ、ルークの良い子にしてるが長時間続くとは思っていない。はてさて、いつまで保つやら。ユーリとフレンはアイコンタクトをして絶対に目を離さない と誓い合った──にも拘わらず呆気なく逃げられた。ユーリの時は何とか耐え抜いたが、フレンの時にノートに集中していた彼の隙をついて教室の外に出てし まったのだ。
「フレン、お前な」
「す、すまない……」
逃げられたものは仕方ない。とにかく見つけることが先決とユーリとフレンは二手に分かれてルークを探すことにした。
一方、ルークは──学内を見て回っていたデュークに保護されて学長室で遊んで貰っていた。
「でゅー、もういっかい!」
「分かった」
「にゃあ!」
「ふむ」
毛糸玉を投げて取ってくるという極単純な遊びに夢中になる子猫を眺めながらデュークは微かに笑んだ。今度は猫じゃらしをゆらゆら揺らして見せればルークの目の色が変わった。獲物を狙う者の目だ。猫の遺伝子が叫んでいるに違いない。獲物を捕らえろ、と。
「にゃあああ!」
猫じゃらしに飛びつこうとしたルークは、やはりというか、予想の範囲内というか、派手に転んだ。だが、デュークはあえて手を出さず立ち上がるのを根気強く待っていたところにユーリたちが飛び込んできて、そちらに視線をやった。
「う~……いたい~……」
今にも泣きそうな声を上げて立ち上がったルークに視線を戻し、デュークはただ頭を撫でてやった。ルークはきょとんとしたがすぐにふにゃりと笑う。
「あ、まま、ぱぱ!」
ユーリとフレンに気がついたルークはユーリの足にしがみついて二人を見上げた。当の二人は苦笑して顔を見合わせる。
「楽しかったか?」
「たのしかったー!」
「良かったね」
「にー!」
ユーリとフレンは丁重に謝罪とお礼を忘れなかったが、後日菓子折を持って行って断られたのはまた別の話だ。
そんなことがあって、今現在、ルークは満足そうな顔で眠っているというわけだ。今回は準備不足も相まってルークの相手をきちんとできなかったのが明らかな敗因である。次の機会があったならば目を離すまいと誓いを立てるも、やはり逃げられるというのもまた別のお話。
ともだち、できたよ